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カテゴリ:お知らせ( 8 )

言論の弾圧許さず!

 日増しに拡がる戦争法案反対の国民世論や沖縄県民の新基地建設反対の世論に業を煮やして、安倍首相に近い自民党議員や、安倍首相の「お友だち」の「文化人」から、言論弾圧を求める本音が飛び出しました。「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのか一番。経団連に働きかけてほしい」(自民・大西英男)「沖縄の二つの新聞社はつぶさないといけない」(作家・百田尚樹)などです。
 これに対して、6月26日、沖縄の2紙は共同抗議声明を発しました。紹介します。

琉球新報 沖縄タイムス共同抗議声明

言論の弾圧許さず
 百田尚樹氏の「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」という発言は、政権の意に沿わない報道は許さないという〝言論弾圧〟の発想そのものであり、民主主義の根幹である表現の自由、報道の自由を否定する暴論にほかならない。
 百田氏の発言は自由だが、政権与党である自民党の国会議員が党本部で開いた会合の席上であり、むしろ出席した議員側が沖縄の地元紙への批判を展開し、百田氏の発言を引き出している。その経緯も含め、看過できるものではない。さらに「(米軍普天間飛行場は)もともと田んぼの中にあった。基地の周りに行けば商売になるということで人が住みだした」とも述べた。戦前の宜野湾村役場は現在の滑走路近くにあり、王国以来、地域の中心地だった。沖縄の基地問題をめぐる最たる誤解が自民党内で振りまかれたことは重大いだ。その訂正も求めたい。
 戦後、沖縄の新聞は戦争に加担した新聞人の反省から出発した。戦争につながるような報道は二度としないという考えが、報道姿勢のベースにある。
 政府に批判的な報道は、権力監視の役割を担うメディアにとって当然であり、批判的な報道ができる社会こそが健全だと考える。にもかかわらず、批判的だからつぶすべきだ―という短絡的な発想は極めて危険であり、沖縄の二つの新聞に限らず、いずれ全国のマスコミに向けられる恐れのある危険極まりないものだと思う。
琉球新報・沖縄タイムスは、今後も言論の自由、表現の自由弾圧するかのような動きには断固として反対する。
琉球新報編集局長  潮平芳和    沖縄タイムス編集局長 武富和彦
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by saiaala | 2015-06-28 14:56 | お知らせ
2015年4月5日、那覇市で行われた菅官房長官と翁長知事との初会談

会談の模様が4月11日付け東京新聞に掲載されました。この記事を転載します。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
菅官房長官との初会談での
翁長雄志沖縄県知事全発言
2015年4月5日 那覇市にて 
 米軍基地の問題をめぐる菅義偉官房長官との五日の会談で、沖縄県の翁長雄志知事は、県民の思い、戦後の歴史、負担の実情を語り続けた。公開は冒頭の五分の予定だったが、翁長知事の弁舌は三十分近くとまらなかった。事務方が用意した資料にほとんど目をやらず、翁長知事が自身の言葉で紡いだ発言の全てをそのまま紹介する。    (三沢典丈、上田千秋)            

 お忙しい中、時間を割いていただき、意見交換の場をつくっていただいたことに感謝申し上げたい。
 官房長官からも話があったが、沖縄は全国の面積のたった0.6%に74%の米軍事用施設が置かれている。まさしく戦後70年間、日本の安全保障を支えてきた自負もあり、無念さもある。今、官房長官からそういったことに対して大変理解のある言葉をもらった。 そうであるならば、去年の暮れ、あるいは今年の初め、どんなに忙しかったかは分からないが、こういった形で話をする中で「物事を粛々と進める」ということがあったら、県民の理解ももう少し深くなったろうと思う。
 私は日米安保体制が重要だといういうのは、私の政治の経歴からいっても十二分に理解している。しかし、日本の安全保障を国民全体で負担するという気構えがなければ、今、尖閣の話しがあったが、たった一県のこの沖縄県に多くの米軍施設を負担させて日本の国を守るんだといっても、よその国から見るとその覚悟のほどがどうだろうかと思う。
 日本国民全体で負担する中で、日本の安全保障や日米安保体制、日米同盟をしっかりやってほしいというのが私の気持ちだ。
 オスプレイなどが本土で訓練する話もあったが、残念ながらいわゆる基幹基地を本土に持っていくという話がないから、訓練をしていずれ沖縄に戻ってくるのではないかという危惧は、今日までの70年間の歴史からすると、十二分に感じられることだ。不安がある。
 そして、どんなに言っても米軍の運用に自分たちは口を挟めないんだという形で物事が終わってしまう。環境問題もさることながら、日米地位協定の改定も抜本的な意味合いでやってもらわないと。沖縄の危惧は、今の日米地位協定の中では解決しにくいと思っている。
 今日まで沖縄県が自ら基地は提供したことはないということを強調しておきたい。普天間飛行場もそれ以外の取り沙汰される飛行場も基地も全部、戦争が終わって県民が収容所に入れられている間に、県民がいる所は銃剣とブルドーザーで、普天間飛行場も含め基地に変わった。
 私たちの思いとは全く別に全て強制接収された。自ら奪っておいて、県民に大変な苦しみを今日まで与えて、そして今や世界一危険になったから、普天間は危険だから大変だというような話になって、その危険性の除去のために「沖縄が負担しろ」と。「お前たち代替案は持っているのか」と。
「日本の安全保障はどう考えているんだ」と。「沖縄県のことも考えているのか」と。こういった話がされること自体が日本の国の政治の堕落ではないかと思う。 
 日本の国の品格という意味でも、世界から見ても、おかしいのではないかと思う。この70年間という期間の中で、基地の解決に向けてどれぐらい頑張ってこられたかということの検証を含め、そのスピードから言うと先にはどうなるのか。これもなかなか見えてこないと思う。
 一昨年、サンフランシスコ講和条約の発効の時にお祝いの式典があった。日本の独立を祝うんだという、若者に夢と希望を与えるんだという話があったが、沖縄にとっては、あれは日本と切り離された悲しい日だ。そういった思いがある中、あの万歳三唱を聞くと、沖縄に対する思いはないのではないかと率直に思う。
 27年間、サンフランシスコ講和条約で日本の独立と引き換えに米軍の軍政下に差し出されて。そしてその27年の間に日本は高度経済成長を謳歌した。その間、私たちは米軍との過酷な自治獲得運動をやってきた。想像を絶するようなものだった。
 官房長官と私は法政大学で一緒だが、私は22歳までパスポートを持ってドルで送金受けて日本に通った。そういったものなどを思い浮かべると、あの27年間、沖縄が支えたものはなんだったのかなと思い出される。
 そして、官房長官が「粛々」という言葉を何回も使う。僕からすると、埋め立て工事に関して問答無用という姿勢が感じられる。その突き進む姿は、サンフランシスコ講和条約で米軍の軍政下に置かれた沖縄。その時の最高の権力者だったキャラウェイ高等弁務官は「沖縄の自治は神話である」と。「自治は神話」だとあの当時に言った。
 私たちの自治獲得運動に対し、そのような言葉で、キャラウェイ高等弁務官が言っていて、なかなか物事は進まなかった。
 官房長官の「粛々」という言葉がしょっちゅう全国放送で出てくると、なんとなくキャラウェイ高等弁務官の姿が思い出される。何か重なり合う感じがして、私たちのこの70年間、何だったのかなと率直に思っている。
 そして、この27年間の苦しい中で強制接収された土地を、プライスさんという人が来て、プライス勧告というもので強制買い上げをしようとした。とても貧しい時期だったから、県民は喉から手が出るほどお金がほしかったと思うが、みんなで力を合わせてプライス勧告を阻止した。
 今、私たちは自分たちの手の中に基地(の土地)が残っている。こういった自治獲得の歴史は、「粛々と」という言葉には決して脅かされない。そう思っている。上から目線の「粛々」という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れて、怒りは増幅していくのではないかと思っている。私は辺野古の新基地は絶対に建設することができないという確信を持っている。
 こういう県民のパワーが私たちの誇りと自信、祖先に対する思い、将来の子や孫に対する思いというものが全部重なっていて、私たち一人一人の生きざまになってくる。こういう形で「粛々」とすすめられるものがあったら、絶対に建設することはできない。不可能になるだろうなと私は思う。そうすると、建設途中で頓挫することによって、起こりうる事態は全て政府の責任だ。世界が注目しているので、日本の民主主義国家としての成熟度が多くの国に見透かされてしまうのではないかな思っている。
 官房長官にお聞きしたい。ラムズフェルド国防長官(2003年当時)が「普天間は世界一危険な飛行場だ」と発言し、官房長官も国民や県民を洗脳するかのように「普天間の危険性除去のために、辺野古が唯一の政策」と言っている。辺野古基地ができない場合、本当に普天間は固定されるのかどうか、聞かせていただきたい。
ラムズフェルドさんも官房長官も多くの識者も世界一危険な基地だと言っているのに、辺野古ができなかったら固定化ができるのかどうか、これをぜひお聞かせ願いたい。
 普天間が返還され、辺野古に行って(面積が)4分の1になるという話がある。それから嘉手納以南の相当数が返されるというんですが、一昨年に小野寺前防衛大臣が来た時に「それで、どれだけ基地は減るのか」と聞いたら、今の73.8%から73.1%にしか変わらない。0.7%だ。なぜかというと那覇軍港もキャンプキンザーもみんな県内移設だから。県内移設なので、普天間が4分の1のところに行こうがどうしようが、73.8%が73.1%にしか変わらない。
 官房長官の話を聞いたら全国民は「相当これは進むな」と思うかも知れないけれど、パーセンテージで言うとそういうことだ。
 それから、もう一つ。那覇軍港やキャンプキンザーなどは2025年まで、2028年までには返すと書いてあるが、その次に「またはその後」と書いてある。これは日本語としてどうなんだと思う。
 2025年、2028年までに返すんだと書いておいて、その次に「またはその後」という言葉が付いている。「ハナシクワッチー」といって、沖縄では話のごちそうという言葉がある。いい話をして局面を乗り越えたら、このことにはまた知らんぷりというのが、戦後70年間の沖縄の基地の問題だったと思う。だから、今こうしてオスプレイをどこそこに持って行く、あるいはたくさんの基地が返るんだという話をされても、「またはその後」が付けば、「50年ぐらい軽くかかるんじゃないか」という危惧を県民はみんな持っている。こういうところをぜひご理解いただきたい。
 そして、安倍総理が「日本を取り戻す」と2期目の安倍政権から言っていた。私からすると、取り戻す日本の中に沖縄は入っているのか、率直な疑問だ。「戦後レジームからの脱却」ということもよく言うが、沖縄では「戦後レジームの死守」をしている感じがする。
 一方で憲法改正という形で日本の積極的平和主義を訴えながら、沖縄でのこの「戦後レジームの死守」をすることは、本当の意味の国の在り方からいくと納得しにくい。
 昨日、一昨日の官房長官の「沖縄県民の民意」というものがあった。「いろんなものがあってあの選挙を戦ったんだよ」と。「だから(民意は)いろいろあるでしょう」という話があったが、昨年度の名護市長選挙、特に沖縄県知事選挙、衆院選挙の争点はただ一つだった。前知事が埋め立て承認をしたことに対する審判だった。テレビ討論や新聞討論で(議題は)教育、福祉、環境、いろいろあるが、私と前知事の政策に、埋め立て承認以外では違いがなかった。
 あの埋め立て承認の審判が、今度の選挙の大きな争点であり、十万票差で私が当選したということは、もろもろの政策でやったものではないということを、ぜひ理解してほしい。辺野古基地の反対について、県民の圧倒的な考えが示されたと思っている。
 振興策の話もしていたが、沖縄県はいろいろ難しいところがある。例えば基地があることによって困ったことはなんだったかというと、あの9.11のニューヨークのテロでビルに飛行機がぶつかったときに、大変なことが起きたなと思ったら、一週間後には沖縄に観光客が4割来なくなった。そして4割来ないということは大変な出来事で、あのときの沖縄の苦しみというのは大変だった。
 そして尖閣も日本固有の領土だし、守ることは結構だ。しかしあの尖閣で何か小競り合いが起きると、石垣島に来ている百万人の観光客がすぐ10万人くらいに減るという危険性も十二分に持っている。そういう視点からも沖縄は平和の中にあって初めて、沖縄のソフトパワー、自然、歴史、伝統、文化、万国津梁(しんりょう)の精神、世界の架け橋になる、日本のフロントランナーとなる。
 経済的にもどんどん伸びていき、平和の緩衝地帯として他の国々と摩擦が起きないような努力の中に沖縄を置くべきだと思う。米軍基地があると、お互いの国とも近くて、最近はミサイルも発達しているので、一、二発で沖縄が危なくなる。
 こういったことを考え合わせると、米軍もアメリカももうちょっと遠いところに行きたがっているんじゃないか。日本のほうがかえってそれを止めて「抑止力」という形でやっているのではないかという疑問がある。
 アジアを見据える、あるいは中東を見据えるところまで沖縄の基地が使われるのではないかと思っているが、この辺の根本的な説明がないと、新辺野古基地というのは恐らく難しい。
 県民の今日までのいろんな思いは絶対に小さくはならない。もっと大きくなって、この問題に関して、話が進んでいくと私は思っている。
 きょう官房長官にお会いさせていただいたが、安倍総理にもこのような形でお話しする機会があれば大変ありがたい。ぜひ、その面談の手配をお願いしたい。
 (官房長官は)基地負担軽減担当大臣でもあるので、辺野古建設の中止をされて、しっかりと話し合いをして、基地問題を解決していただきたいと思っている。よろしくお願いします。
                         (2015年4月11日付東京新聞より転載)
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by saiaala | 2015-04-19 12:45 | お知らせ
埼玉県平和資料館に対する「知事への提言」に返事が届く

5月27日に県庁に赴き、担当者に会い提出した平和資料館に対する埼玉AALAとしての提言に対して、5月29日付で知事からの返事が届きました。以下それを紹介します。

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この文書は、先に紹介した埼玉AALAからの具体的提案には全く応えていません。
さらに「同館が扱う近現代史は歴史的評価が定まっていない事項が多く…」とのべ、展示してあったかつての年表の削除の理由にしている感があります。提言を真摯に受け止め、納得のいく展示になるようにすべきです。今後とも意見を述べていきましょう。
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by saiaala | 2014-06-24 21:56 | お知らせ

悲しいお知らせ

埼玉AALA前理事長 小笠原政之助氏 逝去

 当会の顧問、前理事長だった小笠原政之助氏が亡くなられました。
2012年9月1日朝のことです。9月4日通夜、5日告別式でした。
大勢の方が参列されました。
 小笠原氏は、埼玉AALAで理事長をされ、埼玉AALAの発展に寄与されました。
全国組織である日本AALAの代表理事の一人として日本AALAの組織拡大や
文化活動の分野でも活躍されてきました。

葬儀で日本AALA代表理事の秋庭稔男氏の述べられた弔辞を紹介し、
ご冥福をお祈りいたします。

       弔  辞

 私は、三つのことを申し上げ弔辞とさせていただきます。
 ひとつ
 私は小笠原先生に、〝先生が埼玉AALA、日本AALAに深く係わってアジア・アフリカ・ラテンアメリカ諸国人民と日本人民、非同盟運動と非核・非同盟の日本をめざす日本人民との連帯のために、心を込めて活動を推進されているその重要な契機は〟とお聞きしたことがあります。
 先生は私の質問に答え、次のようにいわれました。〝それはニカラグアだ〟と。
あの小さなニカラグアの国民が、民族自決権を守るために、世界の大国アメリカ(その面積でアメリカはニカラグアの74倍)の干渉に打ち勝っている。このことに心底から励まされた。ここに私の日本AALAでの活動の原点があると。
 アジア・アフリカ・ラテンアメリカ諸国人民の民族自決権をかちとる、この主権を擁護する人民と日本の民主勢力との連帯をはかる、こうした活動は、世界を変え、日本の変革にとってその持つ意義ははかりしれない。こうした思い出日本AALA、埼玉AALAに参加した、悔いなく活動したいと。
 私は先生の気高い、国際連帯の覚悟のほどを聞かされ、心底から励まされたことを、あらためて思い出させられています。
 ふたつ
 先生の韓国の人々への熱い思い―かつての日本の植民地支配は決して許せないこと、従軍慰安婦問題を必ず解決すべきこと、日本と韓国両国民の友好と連帯を願っての「韓国民族伝統芸能」の日本公演は、予想を超えての大きな成功。日本AALAの60年に近い歴史のなかで、日韓両国民の熱い連帯を推進するうえで、先生の志は大変気高く、熱烈なものでした。
 みっつめ
 人類に対する犯罪、アパルトヘイト即時廃止をめざしての南アフリカANC―民族会議の歌舞団アマンドラ(権力を!)の全国公演(全国24都市27ステージ、観客総数7万人:世界最大の規模)、大宮公園(2500名)の大きな成功のために大奮闘。
 アパルトヘイトが廃止されます。南アフリカの歴史上初めての民主的政権、マンデラ政権が誕生します。ANCへのお祝いと、南アフリカ人民との新たな連帯のための日本人民、AALAの代表団が南アフリカを訪問します。この時の代表団長が小笠原先生。先生は代表団長としてマンデラ大統領らと親しく熱く交流、日本と南ア両国人民の友好と連帯のために、新たなページをきりひらく活動を推進されました。
 最後にひと言、私は、日本AALAとして新たな連帯の諸課題に挑むにあたっては、当然のことながら、まずもって当時副理事長の、その後は代表理事の一人の小笠原先生と腹を割って話し合うことを心がけました。たっぷり時間をかけてです。先生はいつも快く時間をさいて下さり、先生行きつけのコーヒーの店で、二人で長時間話し合う、私はこの中で胸ふくらむ思いしばしばでした。
 小笠原先生の存在と活動は、たしかに日本AALA全体、日本の連帯運動を励ますものでした。先生本当にご苦労様でした。ゆっくりお休み下さい。

   9月4日      日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会 代表理事 秋庭稔男 
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by saiaala | 2012-09-10 16:05 | お知らせ
日本原水爆被害者団体協議会が被爆から67年経た今日の時点にたって、新しく制作したパネルが完成し、そのパネル展がさいたま市で開催されます。そのチラシが届きましたのでお知らせします。
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by saiaala | 2012-04-24 18:40 | お知らせ
 埼玉AALAは、「世界を知り、この日本を変える」のスローガンのもと、この一年間の活動を進めてきました。
この活動を総括し、新たな一年間の方針を提案するために総会を開きます。
 ぜひ総会へご出席ください。

※総会日時  2011年10月15日(土) 午後1時30分~3時30分
※場   所 さいたま市民会館うらわ 503.505室
※一   部  総会
           2011年度活動のまとめ
           2011年度決算報告
           2012年度活動方針
           2012年度予算
           2012年度役員選出
           決議
※二   部  記念講演 午後3時30分~4時30分
           「今の世界をどう見るか―中南米からアラブ諸国の変革へ、
            そして原発問題が問われる世界の変化」
          講師 滝本英市氏(日本AALA事務局長)

 
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by saiaala | 2011-10-12 10:15 | お知らせ
日本中国友好協会創立60周年記念企画
漫画展
「中国からの引き揚げ~少年たちの記憶」
を鑑賞しましょう。

 日本中国友好協会さいたま支部からお知らせをいただきました。
日中友好協会が60周年記念企画として、全国巡回している「漫画展」を埼玉で開きます。

 埼玉での「少年たちの記憶」埼玉漫画展実行委員長の榎本昇一氏は
「『漫画』というと、一般に低俗なものとみられがちですが、一方では社会への風刺や批判を漫画という手法を通じてアピールする芸術ともいわれています。
果たしてどうでしょうか。『百聞は一見に如かず』といわれます。
 ここに展示するのは、名高い漫画家のみなさんが少年時に過ごした中国での忘れられない『思い』が描かれている作品です。そのさまざまな『こども心』を感じ取っていただくことは、日中友好、日中不再戦への思いへと繋がっていくことを信ずるものです。多くの方々に観ていただくことを望みます。」と述べています。

 『あのような悲惨な戦争は二度と起こしてはならない』という思いから描かれた貴重な漫画をとおして、平和を守り抜きたいものです。
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日時は上記のチラシにあるように、4月21日(木)~4月24日(日)の4日間、埼玉会館第2展示場です。
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by saiaala | 2011-04-19 01:47 | お知らせ
会場の都合で2月になってしまいましたが、恒例の「新春のつどい」を開きます。
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ユーラシア(Eurasia)は、文字通りEuropeとAsiaを結んだ呼称ですが、今回の講演でいうユーラシアはヨーロッパを除く、ロシア、中央アジア、中国、インドとその周辺地域としています。
日本列島は、ユーラシアの一部であり、その立ち位置で見た場合、本来どういう外交政策を持たなければならないのか、今に本の置かれている立場を考えた場合、最も重要な視点であると思います。
時宜にあった講演になると思います。ぜひご参加ください。
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by saiaala | 2011-02-13 01:03 | お知らせ