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by saiaala
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埼玉AALAでは土井さんの呼びかけに応えて賛同者を募り、連絡しました。
土井さんからいただいたメールを再度転載します。

抗議文に賛同してくださった皆さま 土井敏邦です。
 昨年12月27日にお送りした私の抗議文にご賛同いただき、ありがとうございました。
国内ですでに150人を超える方々から、ご賛同のメールをいただきました。
心よりお礼を申し上げます。
本来なら、お一人お一人にメールでお礼を申し上げなければならないところですが、数が多いためにBCCで送らせていただく失礼をお許しください。
現在、アメリカ、イスラエルでも、英文の抗議文が友人、知人を通じて転送されつつあります。 
 今後の展開として、さらに賛同を呼びかけていくこと、そして報道規制の実態を訴える集会を開くことを計画しています。

 そこで、賛同いただいたみなさんにお願いがあります。

1)みなさんの周囲のご友人、知人の方々に、さらに賛同を呼びかけていただけないでしょうか。
 当初、署名運動を展開することを考えていたのですが、限られた人数ではそれを実行し、署名を回収することは容易ではないと判断し、賛同者の方をさらに募っていくことにしました。
 どうか力をお貸しください。 
 文末にその呼びかけ文と抗議文を貼り付け、また添付いたします。これを友人、知人の方に転送いただければ幸いです。

2)私への報道規制を訴え、ガザ攻撃犠牲者を追悼するために、2月25日(木)、以下のような集会を開きます。ぜひご参加いただき、また広報にご協力いただけないでしょうか。
 女優の渡辺えりさんや根岸季衣さんら、「非戦を選ぶ演劇人の会」の俳優さんたちが、日本初公開となる「ガザ攻撃に参加した兵士たちの証言」と「被害住民の証言」をリーディングしてくださいます。

ガザ攻撃1周年追悼・報道規制を訴える集会

ガザで起こった“本当のこと”
『沈黙を破る』・兵士が語るガザ攻撃
【趣旨】
「爆弾が降っている時の方が希望があった。あの時は、ガザ攻撃に反対して世界の多くの人々が声を上げてくれた。でも、今、世界はガザを忘れてしまった」――現在のガザ住民の悲痛な叫びです。
 約1400人が犠牲となり、5000人以上が負傷したイスラエル軍のガザ攻撃から1年2ヵ月が経った今も、破壊されたガザの復興は進まず、人びとは生き続けるための必死の闘いを強いられています。
 このガザの現実を覆い隠すため、イスラエルは今、報道規制を強めています。その象徴的な1例が、ジャーナリスト・土井敏邦へのプレスカード発行の拒否です。これによって、長年、ガザを取材し伝え続けてきた土井は、今その現場から切り離されようとしています。
 しかし、これは、土井敏邦個人の問題に終わらず、パレスチナ報道に関わるジャーナリスト全体にとって深刻な事態です。パレスチナの現状を世界に伝え続けるために、私たちはイスラエルの報道規制に抗議の声をあげる集会を催します。

【日時】2010年2月25日(木曜日) 
(開場 18:30 /開演 19:00 /終了 21:30)
【場所】文京シビックホール /小ホール
     http://www.b-academy.jp/b-civichall/access/access.html
(最寄駅)・東京メトロ/丸ノ内線「後楽園」駅4b/南北線「後楽園」駅5番出口
     ・都営地下鉄/三田線「春日」駅/・都営地下鉄/大江戸線「春日」駅
【内容】
1)映像『イスラエル人が見た“ガザ攻撃”』
2)「非戦を選ぶ演劇人の会」によるリーディング
  ―ガザ攻撃 加害兵士と被害住民の証言―
 (出演・渡辺えり/根岸季衣/他「非戦を選ぶ演劇人の会」のみなさん)
3) 問題提起「記録することの大切さ」(シグロ代表・山上徹二郎)
4)リレー・メッセージ
 (予定:渡辺えり/根岸季衣/土肥信雄〔元三鷹高校校長]ほか)
5)土井敏邦からの訴え
【参加費】1000円
【主催】「ガザ攻撃1周年追悼・報道規制を訴える集会」実行委員会

参加してみませんか。
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by saiaala | 2010-01-19 10:30
昨年、「埼玉AALA連帯のつどい」で上映した映画「沈黙を破る」の一般公開以後、監督の土井敏邦さんに対し、イスラエル政府はプレスカードの発行を拒否している。
そのため、土井さんはその後ガザ地区に取材できない状態が続いています。
土井さんからのメールを賛同のお願いを含み、転載します。

前略
 今日、12月27日は昨年のガザ攻撃開始から1年目に当たります。
 この日に合わせて、私は、イスラエル政府の報道規制に対し、公に抗議する決心をしました。
 それは一般的な報道規制に対する訴えではなく、私個人への規制が契機となり決意した抗議です。
 昨年夏より、私は2度にわたってイスラエル政府によって、プレスカード発行拒否されました。これによって私はガザ地区での取材の道を絶たれました。
 しかし、この問題は私個人の問題に終わらず、パレスチナを取材するジャーナリスト全体に関わる問題だと考えています。
 下記(添付ファイルには日本語と英文)はイスラエル政府に対する私の抗議文です。
 みなさんにお願いしたいことがあります。
 私の訴えの趣旨をご理解いただき賛同していただける方は、「賛同人」になっていただけないでしょうか。
「賛同人」になっていただける方は、
1、賛同する(お名前、肩書を公表してもよい)
2、賛同する(お名前も肩書も公表しない)
の二つのどちらかもお知らせください。

*お手数ですが、1の「賛同人」となっていただける方は、例をご参考に書き方をご呈示ください。
例:(名前)土井敏邦/(読み方)どい・としくに/(肩書)ジャーナリスト
 
イスラエル政府の報道規制に抗議します      ジャーナリスト・土井敏邦

 約1400人の犠牲者、5000人を超える負傷者を出したガザ攻撃から1年が過ぎました。 1985年以来、ジャーナリストとしてパレスチナ・イスラエルの現場を取材してきた私にとっても、これほどまでの破壊と殺戮を目の当たりにしたのは初めての体験でした。
私は、ガザ攻撃の「終結」直後から3週間にわたって現場を取材し、その結果を、NHK番組や岩波ブックレット、また世界報道写真展での映像展示、さらに数々の報告会、集会で伝えてきました。
その一方、2009年春にドキュメンタリー映画「沈黙を破る」を公開し、イスラエル国防軍(IDF)の元将兵たちによる占領地における加害の証言を伝えました。
 それから数カ月後の8月下旬、私はその後のガザ地区の実態を取材するため、いつもの通りエルサレムにあるイスラエル政府のプレス・オフィスでプレスカードを申請しました。これがなければ、イスラエルに占領・封鎖されているガザ地区に入れません。しかし当局は、私へのプレスカードの発行を拒否しました。パレスチナ取材を始めて以来、20数年間で初めてことです。理由は「提出されたアサイメント・レター(推薦・委任状)はドキュメンタリー制作会社からのもので、報道機関からではない。ドキュメンタリー制作にはプレスカードを発行しない」というものでした。しかし過去2回、同じドキュメンタリー制作会社「シグロ」のアサイメント・レターでプレスカードは発行されていたのです。ただこの時点で、過去2回の時と違っていたのは、「シグロ」が制作した私のドキュメンタリー映画「沈黙を破る」が劇場公開された直後だったことです。
 それから3カ月後の11月、私はガザ攻撃から1年目の実態を取材しようと、再びプレスカードを申請しました。今度は、ある報道機関からのアサイメント・レターによる申請でしたが、また拒否されたのです。理由は告げられませんでした。
 その直後、イスラエルの『イスラエル・ナショナル・ニューズ』(11月30日版)が、プレス・オフィスのダニー・シモン代表にインタビューをし、次のように伝えていることを知りました。
「イスラエルは、事実を伝えない反ユダヤ主義のジャーナリストは認めないと語った。シモン氏は、意図的に虚偽を伝え、ハマスの犯罪を隠蔽するための“イチジクの葉”の役割を果たしているジャーナリストたちがいると強調した」
 つまり私がプレス・オフィスから「事実を伝えない反ユダヤ主義のジャーナリスト」の1人とみなされたことが、プレスカードの発行拒否の大きな要因の1つと思われます。
 しかし私はジャーナリストとして、自分で現場を取材して確認した事実をできうる限り正確に伝えてきました。断じて「意図的に虚偽を伝え」たことはありません。また「ハマスなどパレスチナ側の犯罪を隠蔽する」報道をしたこともなく、むしろ自治政府の腐敗、ハマスの強権支配の実態など、パレスチナ側の負の部分もきちんと伝えてきました。一方、ドキュメンタリー映画4部作『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』では、自爆テロで負傷または犠牲となったイスラエル市民の家族の現実と心情、また“占領”がイスラエル社会の“倫理・道徳観”を崩壊させるという危機感を抱き、“占領”に反対し闘うイスラエル人たちの姿も伝えてきました。
 今回のガザ攻撃に関する私の報道も、それが決して偏向したものではないことは、その後のアムネスティー・インターナショナルや国連調査団の報告からも明らかです。その報告はイスラエル軍の攻撃は「深刻な国際法違反」と告発しています。
このように、「パレスチナ側のプロパガンダ」のための報道ではなく、「パレスチナ問題の真の解決のために伝えなければならない事実」を、私は真摯に報道してきました。イスラエルのこのような武力攻撃や“占領”は単にパレスチナ人を苦しめるだけではなく、イスラエル国民の“倫理・道徳観”を崩壊させ、長期的にはイスラエル国民が求める真の安全と平和の可能性を自ら破壊することになると考えるからです。そういう私が「事実を伝えない反ユダヤ主義のジャーナリスト」という烙印を押されることを断じて受け入れることはできません。
 
 プレスカードが取得できないということは、今後、私は取材のためにガザ地区に入れないということを意味します。
 学生時代、イスラエルの「キブツ」(農業共同体)に滞在していたときに友人に誘われ、私が初めてガザの難民キャンプを訪れたのは32年前のことです。そこで住民に投げかけられた「君が滞在するキブツは誰の土地だったか知っているのか」という問いが、私の“パレスチナ問題”との出会いでした。
 その後、ジャーナリストとしてパレスチナ・イスラエルの取材を開始した1985年以来、私は数えきれないほどガザ地区に通い、取材を続けてきました。第1次インティファーダ(民衆蜂起)以前、インティファーダの真っただ中、湾岸戦争下、オスロ合意の直後、自治政府の登場、アラファト政権下の腐敗、第2次インティファーダ、ユダヤ人入植地の撤退、第2次レバノン戦争下、ハマスの強権統治の実態、封鎖の惨状、そしてガザ攻撃・・・。私は、激しく揺れ動くそのガザの情勢の中に身を置き、占領の下で生きる人びとの生活と声を記録し、伝え続けてきました。ある意味では、私はジャーナリストとして、また人間として、“ガザ”に育てられたといえます。
そのガザの“現場”と20数年間に築き上げてきた“現地の人びととの絆”を、私は今、イスラエル政府によるプレスカード発行拒否によって奪われようとしています。その絶望感は舌筆しがたいものがあります。
 ガザ地区の住民たちは長年、“封鎖”という“占領”のなかで、治療や勉学、仕事のためにガザの外に出ることもできず、海外で暮らす家族との再会も果たせない状況が続いています。もちろん、そんな住民の現実の深刻さとその苦悩に比べることはできませんが、私自身もガザ地区から断ち切られるようとする今、その“痛み”のほんの一端ですが、身を持って知った思いがします。
長年にわたって中東問題を伝えてきた、ある親しいジャーナリストは、私にこう書いてくれました。
 「イスラエルの介入で取材の場を奪われたジャーナリストとして、つまり、自分をパレスチナ問題の当事者として、その不当性を訴えつつ活動するというあり方もあるのではないでしょうか。私は、土井さんの問題は、『ガザの現状が伝えられなくなる』という問題以上に、重要な問題だと思います。まさに、占領そのものの問題なのですから」
 
 私がプレスカード発行を拒否され取材の場を奪われることは、私自身が“パレスチナ問題の当事者”となることであり、この現実と闘うことは、まさに私自身がジャーナリストとして“イスラエルの占領と闘う”ことを意味するという現実を、私はその言葉に突き付けられ、教えられた思いがします。
 しかし、これは私だけの問題ではありません。今後、私のようにパレスチナ側に起こった被害やイスラエル側の実態を報道するジャーナリストは、「事実を伝えない反ユダヤ主義のジャーナリスト」という烙印を押されてプレスカードの発行を拒否され、報道規制を受ける可能性が十分あります。これは明らかに、イスラエルの“占領”に起因する不当な報道規制です。これを看過すれば、今後、パレスチナ側の実態を伝えることが難しくなります。
私は、パレスチナの現場を取材し続けるジャーナリストであり続けるために、イスラエルのこの報道規制に対して記者会見、シンポジウムや集会、署名活動などを通して抗議し、正当な報道の自由を尊重するようにイスラエル政府に求めていくつもりです。
どうか、みなさんのお力を貸してください。
 
                      2009年12月27日
                      (ガザ攻撃開始から1周年の日に) 
【連絡先】
doitoshikuni@mail.goo.nr.jp
【ホームページ】
http://www.doi-toshikuni.net/
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by saiaala | 2010-01-09 23:30
あけましておめでとうございます。 

 自民・公明政権の推し進めた「構造改革」は国民生活に格差と貧困を持ち込みました。
 昨年行われた総選挙は、国民が、自公民の政治は「NO」の審判を下し、民主党主体の鳩山連立政権が誕生しました。
 しかし、国民に約束した公約にすでにほころびが出ています。沖縄・普天間基地撤去問題は、閣僚間での発言が迷走し、後期高齢者医療制度の廃止も先送りになりました。

 5月には、NPT再検討会議が開かれます。「核兵器のない世界」の実現へ向けて、原水爆禁止世界大会で呼びかけられた国際共同行動の署名を大きく前進させましょう。
 また、今年は韓国併合100年」になります。植民地支配など過去の清算、とりわけ日本軍「慰安婦」問題の一日も早い解決をめざして力を合わせましょう。

 2010年はバンドン会議から55年、日本アジア連帯委員会」創立から55年、埼玉AALA創立35周年、そして安保条約改定50年の節目の年です。
 大いに学び知らせ、前進の年にしましょう。

2010年1月1日      
                          埼玉アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会
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by saiaala | 2010-01-01 00:57