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日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会は、下記の声明をアメリカ大使館、安倍首相に送りました。転載します。

米軍ヘリ墜落事故糾弾!日米安保条約を廃棄し、平和で安心してくらせる日本を取り戻す声明

 沖縄県民や日本国民の反対を押し切り、オスプレイの普天間基地追加配備が強行されている最中、キャンプ・ハンセン内に米軍のヘリが墜落し炎上した。この場所は、住宅や保育所、小学校などがある住宅地からわずか2キロしか離れてなく、基地がある限り恐怖が続くことと共に、米軍の危険性と理不尽さを浮き彫りにした。この根底には、世界的にも類をみない従属的な日米安保条約がある。
 私たちは度重なる米軍機の墜落事故を糾弾するとともに、在日米軍基地を全面撤去させ、基地のない平和で安心してくらせる日本をめざし、次のことを、日米両政府に強く要求し、断固として闘うことを表明する。
1.事故の経過と原因を全面的に明らかにする。
2.普天間基地の即時閉鎖、無条件撤去。新基地建設反対。
3.オスプレイの配備撤回とあらゆる米軍機の低空飛行訓練停止
4. 日米安保条約の廃棄。

     2013年8月7日 
日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会(日本AALA)
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by saiaala | 2013-08-08 13:51
広島市は毎年8月6日に、原爆死没者への追悼とともに核兵器廃絶と世界恒久平和の実現を願って平和記念式典を行い、広島市長が「平和宣言」を世界に向けて発表しています。
2013年8月6日の広島市長による「平和宣言」を紹介します。あわせて安倍首相の「平和祈念式あいさつ」も紹介します。
 安倍首相の式典で述べている決意が、広島市長の切実なねがいや、自らの自民党政権の政策と全くかけ離れている空虚な言葉でしかないことを本人は自覚しているのでしょうか。

平和宣言

「あの日」から68年目の朝が巡ってきました。1945年8月6日午前8時15分、一発の原子爆弾によりその全てを消し去られた家族がいます。「無事、男の子を出産して、家族みんなで祝っているちょうどその時、原爆が炸裂(さくれつ)。無情にも喜びと希望が、新しい『生命(いのち)』とともに一瞬にして消え去ってしまいました。」
 幼くして家族を奪われ、辛うじて生き延びた原爆孤児がいます。苦難と孤独、病に耐えながら生き、生涯を通じ家族を持てず、孤老となった被爆者。「生きていてよかったと思うことは一度もなかった。」と長年にわたる塗炭(とたん)の苦しみを振り返り、深い傷跡は今も消えることはありません。
 生後8か月で被爆し、差別や偏見に苦しめられた女性もいます。その女性は結婚はしたものの1か月後、被爆者健康手帳を持っていることを知った途端、優しかった義母に「『あんたー、被爆しとるんねー、被爆した嫁はいらん、すぐ出て行けー。』と離婚させられました。」放射線の恐怖は、時に、人間の醜さや残忍さを引き出し、謂(いわ)れのない風評によって、結婚や就職、出産という人生の節目節目で、多くの被爆者を苦しめてきました。
 無差別に罪もない多くの市民の命を奪い、人々の人生をも一変させ、また、終生にわたり心身を苛(さいな)み続ける原爆は、非人道兵器の極みであり「絶対悪」です。原爆の地獄を知る被爆者は、その「絶対悪」に挑んできています。
 辛く厳しい境遇の中で、被爆者は、怒りや憎しみ、悲しみなど様々な感情と葛藤(かっとう)し続けてきました。後障害に苦しみ、「健康が欲しい。人並みの健康を下さい。」と何度も涙する中で、自らが悲惨な体験をしたからこそ、ほかの誰も「私のような残酷な目にあわせてはならない。」と考えるようになってきました。被爆当時14歳の男性は訴えます。「地球を愛し、人々を愛する気持ちを世界の人々が共有するならば戦争を避けることは決して夢ではない。」
 被爆者は平均年齢が78歳を超えた今も、平和への思いを訴え続け、世界の人々が、その思いを共有し、進むべき道を正しく選択するよう願っています。私たちは苦しみや悲しみを乗り越えてきた多くの被爆者の願いに応え、核兵器廃絶に取り組むための原動力とならねばなりません。
 そのために、広島市は、平和市長会議を構成する5,700を超える加盟都市とともに、国連や志を同じくするNGOなどと連携して、2020年までの核兵器廃絶をめざし、核兵器禁止条約の早期実現に全力を尽くします。
 世界の為政者の皆さん、いつまで、疑心暗鬼に陥っているのですか。威嚇によって国の安全を守り続けることができると思っているのですか。広島を訪れ、被爆者の思いに接し、過去にとらわれず人類の未来を見据えて、信頼と対話に基づく安全保障体制への転換を決断すべきではないですか。ヒロシマは、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する地であると同時に、人類の進むべき道を示す地でもあります。また、北東アジアの平和と安定を考えるとき、北朝鮮の非核化と北東アジアにおける非核兵器地帯の創設に向けた関係国の更なる努力が不可欠です。
 今、核兵器の非人道性を踏まえ、その廃絶を訴える国が着実に増加してきています。また、米国のオバマ大統領は核兵器の追加削減交渉をロシアに呼び掛け、核軍縮の決意を表明しました。そうした中、日本政府が進めているインドとの原子力協定交渉は、良好な経済関係の構築に役立つとしても、核兵器を廃絶する上では障害となりかねません。ヒロシマは、日本政府が核兵器廃絶をめざす国々との連携を強化することを求めます。そして、来年春に広島で開催される「軍縮・不拡散イニシアティブ」外相会合においては、NPT体制の堅持・強化を先導する役割を果たしていただきたい。また、国内外の被爆者の高齢化は着実に進んでいます。被爆者や黒い雨体験者の実態に応じた支援策の充実や「黒い雨降雨地域」の拡大を引き続き要請します。
 この夏も、東日本では大震災や原発事故の影響に苦しみながら故郷の再生に向けた懸命な努力が続いています。復興の困難を知る広島市民は被災者の皆さんの思いに寄り添い、応援し続けます。そして、日本政府が国民の暮らしと安全を最優先にした責任あるエネルギー政策を早期に構築し、実行することを強く求めます。
 私たちは、改めてここに68年間の先人の努力に思いを致し、「絶対悪」である核兵器の廃絶と平和な世界の実現に向け力を尽くすことを誓い、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げます。
 平成25年(2013年)8月6日   広島市長 松井 一實


平和祈念式あいさつ

 広島市原爆死没者慰霊式、平和祈念式に臨み、原子爆弾の犠牲となった方々の御霊に対し、謹んで、哀悼の誠を捧げます。今なお被爆の後遺症に苦しんでおられる皆様に、心から、お見舞いを申し上げます。
 68年前の朝、一発の爆弾が、十数万になんなんとする、貴い命を奪いました。7万戸の建物を壊し、一面を、業火と爆風に浚わせ、廃墟と化しました。生き長らえた人々に、病と障害の、また生活上の、言い知れぬ苦難を強いました。
 犠牲と言うべくして、あまりに夥しい犠牲でありました。しかし、戦後の日本を築いた先人たちは、広島に斃れた人々を忘れてはならじと、心に深く刻めばこそ、我々に、平和と、繁栄の、祖国を作り、与えてくれたのです。蝉しぐれが今もしじまを破る、緑豊かな広島の街路に、私たちは、その最も美しい達成を見出さずにはいられません。
 私たち日本人は、唯一の、戦争被爆国民であります。そのような者として、我々には、確実に、核兵器のない世界を実現していく責務があります。その非道を、後の世に、また世界に、伝え続ける務めがあります。
 昨年、我が国が国連総会に提出した核軍縮決議は、米国並びに英国を含む、史上最多の99カ国を共同提案国として巻き込み、圧倒的な賛成多数で採択されました。
 本年、若い世代の方々を、核廃絶の特使とする制度を始めました。来年は、我が国が一貫して主導する非核兵器国の集まり、「軍縮・不拡散イニシアティブ」の外相会合を、ここ広島で開きます。
 今なお苦痛を忍びつつ、原爆症の認定を待つ方々に、一日でも早くその認定が下りるよう、最善を尽くします。被爆された方々の声に耳を傾け、より良い援護策を進めていくため、有識者や被爆された方々の代表を含む関係者の方々に議論を急いで頂いています。
 広島の御霊を悼む朝、私は、これら責務に、旧倍の努力を傾けていくことをお誓いします。
 結びに、いま一度、犠牲になった方々の御冥福を、心よりお祈りします。ご遺族と、ご存命の被爆者の皆様には、幸多からんことを祈念します。核兵器の惨禍が再現されることのないよう、非核三原則を堅持しつつ、核兵器廃絶に、また、恒久平和の実現に、力を惜しまぬことをお誓いし、私のご挨拶といたします。
 平成二十五年八月六日  内閣総理大臣・安倍晋三
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by saiaala | 2013-08-07 12:26
日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会は、以下のような声明を発表しました。

麻生副総理のナチス肯定発言を断固として糾弾するとともに、憲法を守り、平和とくらしに生かすために奮闘する声明

日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会(日本AALA)は、去る7月29日、国家基本問題研究所月例研究会での麻生太郎副総理・財務相の改憲問題に関する発言に対し、民主主義の深化と世界諸民族の主権擁護=世界平和を希求する立場から、驚きと深い憤りを禁じえません。
麻生氏は、自民党が目論んでいる改憲への道のりのモデルとして、ワイマール憲法から「ナチス憲法」への変遷過程について述べました。いかにも「物知り」であるかのように。しかし、「ナチス憲法」など起草されたことはありません。このことは、高校程度の世界史知識を有する一般市民であれば、承知していることです。それが、日本の「副総理」の口から出たのですから、驚嘆の一語に尽きます。
「ナチス憲法」は、ナチス独裁制を象徴的に表現したものと大目に見ても、ナチス独裁制が、「いつの間にか」、「誰も気づかないで」、「喧騒」なしで、樹立されたというのは、歴史の偽造です。
たしかに、ナチス党の初期の形成過程は、見ようによっては、そう言えるかもしれません。第一次世界大戦後の「苦境」の中で醸成された「不満」を糧に生まれたナチス党は、共産党や社会民主党、労働組合の進展に恐れを感じた独占資本に支援され、ヒトラーの巧妙狡猾なデマゴギーもあって勢力を急に伸ばしました。独自の武装集団として突撃隊・親衛隊を組織。国防軍を懐柔。こうして、1932年7月の総選挙で1372万票、230議席を獲得して、議会第1党になりました。右派政党との連立提案には、首相職の要求が容れられなかったため、連立を拒否し、新政府は信任されず、11月に再び総選挙。ナチス党は200万票を失って、196議席に後退。これに対し、共産党は100議席。社会民主党は121議席を獲得して、左翼が連合すれば、政権掌握も可能という状況が生まれました。独占資本に支持された右翼勢力には「ナチス脅威」論が薄れ、首相を除く閣僚11人中2人だけをナチス党に許すこととして、ヒトラーの首相就任を認めることとなり、1933年1月30日にヒトラー連立内閣が成立しました。
ナチス党の権力争奪のたたかいが公然と展開され始めました。ヒトラー内閣成立後2日にして、野党との交渉決裂を口実に国会を解散。3月5日に選挙と決めました。その間に、2月27日、ドイツ国会放火事件を引き起こしたのです。自分たちの手で放火しておいて、「共産党の犯行」と断定し、共産党と社会民主党の新聞の禁止と共産党幹部の逮捕を命令。社会民主党も弾圧の対象とされました。こうして、ナチス独裁制確立への道の最も大きな障害だった共産党をはじめとする進歩勢力に大きな打撃を加えました。
しかし、3月5日の選挙は、ナチス党に絶対多数を与えませんでした。ナチス党は、288議席を得ましたが、過半数には36議席足りませんでした。ヒトラー政府は、3月8日、共産党の議席剥奪を宣言。3月23日には、立法権を国会から政府に移す「全権委任法」(「授権法」)を「3分の2」の多数で可決し、ワイマール憲法を事実上葬ってしまったのです。
このような過程を、「いつの間にか」とか、「誰も気づかないで」とか、「喧騒」なしで、進められたと言えるでしょうか。
このようにナチス独裁制樹立のためにヒトラーがとった野蛮極まりない「手口」を「学んだらどうかね」と麻生氏は問いかけています。「ねじれを解消して」可能性が生じた自民党の独裁体制を、ナチスに倣って、うち立てようというのでしょうか。
麻生氏は、問題発言の3日後の8月1日に、国内外からの鋭い批判にさらされて、「コメント」を発表せざるをえなくなりました。この中で、「ナチス政権下のワイマール憲法にかかる経緯」について「喧騒にまぎれて十分な国民的理解および議論のないまま進んでしまった」とのべていますが、何とも理解しがたい一文です。ナチス政権下ではワイマール憲法は文字面にしかすぎなかったのですから。ワイマール憲法は、「喧騒」の中で起草された、それゆえ、「あしき例」というのでしょうか。まったく、支離滅裂です。およそ、歴史を引き合いに出す資格なしと言わなければなりません。
「いつの間にか」「誰も気づかないで」「喧騒」をともなわずに、ナチス独裁制が確立されたという認識の上で、あの「手口」を学ぶよう「研究会」で勧めたことには一言の反省もなく、「ナチスおよびワイマール憲法にかかる経緯について、きわめて否定的にとらえている」と開き直っても、まったく的外れと言わなければなりません。7月29日の「研究会」で、歴史事実を知らないのに、おこがましくも言及したことの深い反省がない以上、「言い訳」にもなっていません。
ただ、麻生氏は、次のことを言いたかったのではないでしょうか。現行の日本国憲法は、「喧騒にまぎれて十分な国民的理解および議論のないまま進んでしまったあしき例」であり、いまや憲法改正の必要ありということ、現在進行中の改憲論議で、9条、25条を守れ、96条改正に反対という市民運動、その運動を報道する「マスコミ」がもたらしている「喧騒」を排除して、新しい憲法を起草したい、と。しかし、自民党の憲法改正に異を唱えている市民運動は、麻生氏の言う「喧騒」ではなく、「国民的理解および議論」を深めつつあるのです。麻生氏の論は、自民党、現政府の意をたいしたものにすぎないのです。
これを主張するために、歴史という動かすことのできない事実、ナチスの例を、全く史実と異なる形で、我田引水したこと。自分の論に箔をつけるためにしたこととはいえ、あまりにも下司な根性からと言わなければなりません。
こういう、歴史を踏みにじる人物が、日本の国の政治指導者、しかも、ナンバー2の副首相であることに、驚き恥じ入るとともに、日本市民として憤怒を禁じえません。
このような妄言を弄した麻生氏を,「ナチスに関する発言を撤回したのだから、責任は果たしたものと考える。政治家の進退は自己責任で行われるべきものだ」と免罪する菅官房長官、副総理に任命している安倍晋三総理の責任は極めて重大です。
私たちは、麻生氏の副総理解任はいうに及ばず、議員辞職を強く要求します。同時に、今こそ、日本国憲法を守り、平和とくらしに生かすために奮闘する決意を表明します。

2013年8月4日 

    日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会(日本AALA)

埼玉AALAは、8月6日、麻生太郎氏の議員辞職の要請文を本人に送付しました。埼玉AALAホームページでご覧ください。
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by saiaala | 2013-08-06 16:20